イタズラ好きなこの手をぎゅっと掴んで離さないでね?


 意味不明のヴァージニアの行動は、経験不足なジェットでは把握しきれるしろものではなかった。
言ってしまってから、きつめの口調だったと気づき、ヤバイと  ジェットが感じた時には、ヴァージニアの眼の端に溜まっている涙の粒が見る間に大きくなっていく。
「…お、おい…?」
 完全に狼狽えたジェットに、ヴァージニアは一度ギュッと唇を噛み締め、掴んでいたジェットの手を振り払う。
そして、スカートの端を両手で握りしめると強烈無比の一言を言い放った。
「ジェットの莫迦!!!大嫌い!!!」
 そして、アクセラレイターを使っても止めようがないと思われる素早さで階段を駆け上がった。
「…あ…。」
 口は開いたままで、ジェットはぽかんとその場に立ち尽くす。
 事態は少年の手に負える範囲を完全に凌駕していた。
「たっだいま〜〜〜〜vv」
 …と脳天気を肩書きにしたギャロウズが両手にお土産を抱えて帰ってきた。ほどなくクライヴも姿を見せ、放心状態の少年を発見した。
「どうしたんですか?」
 クライヴは階段を凝視したままのジェットにそう声を掛けた。  ほらほら、名物のトカゲの塩漬け〜!などど言いながら、テーブルの上に戦利品を並べていたギャロウズは、周りをみまわしてから、疑問符を頭に乗せる。
「リーダーはどうしたんだ?」
 ジェットが、ギクリと過剰反応をしたのを見てくらいクライヴはなんとなく事情を察した。
「彼女と喧嘩でもしたんですか?」 「…。」
 喧嘩…あれを喧嘩と言うのだろうか。何が起こってどうなったのかジェットにはさっぱりわからない。
「リーダーは、部屋へ上がってしまったんですね?」
 再度の問い掛けにジェットはやっと頷いた。
「…俺の事が大嫌いだと言ってた。」
 その言葉にかなりショックを受けているんだとジェットは初めて自覚した。
 古い宿屋は、階段を上がる毎にギシリと床が鳴った。
その音は、ヴァージニア達の泊まっている部屋の前で止まる。
丁寧なノックの音。
 それだけでも、相手が誰なのかヴァージニアにはわかった。
「クライヴ?」
 鼻声で問い掛けたヴァージニアに「はい」という答えが返ってくる。ちなみに、ジェットはノックなどせずにいきなり戸を開け、着替え中の彼女に何度も撃退されているし、ギャロウズのノックは奇妙にリズミカルでノリがいい。
「入ってもいいですか?」
「何言ってるの此処はみんなでとった部屋でしょう?」
 ヴァージニアは立ち上がると、戸を開け、えへへと笑いながらクライヴを見た。
 クライヴは、彼女の目が赤く瞼が腫れているのを見て眉を潜める。それは彼が女性に対してフェミニストであるという理由ではなく、(ミレディに対する彼の応対を見れば充分に推測される事ではある。)娘を持つ父親として、年頃の女の子の涙は見たくないところなのだろう。
「一体どうしたんですか?」
 クライヴは、穏やかに話し掛けた。
「え…あの…なんでもないよ。あの、あのね…えと。」
 おきまりの取って付けた様な笑顔と、うまく出てこない言い逃れの言葉はあまりにも彼女らしくて、クライヴは微笑みながら話し掛けた。
(まわりで見ているとこんなにも分かり易いのに、当人同士ではまるで霧の中で相手を捜しているような想いになるのですね。)  父親が自分の恩師である事も手伝って、決してキャスリンと人前で親しいそぶりを見せたつもりはなかったのだが、恩師はいつの間にかそのことを知っていた。
 それは、自分達の気持ちが通じ合う前からだったのではないのだろうか…。まるで、今の二人の様に…。
ク ライヴは、彼女が一番気にしているであろう台詞をあえて口に出すことに決めた。そうすれば、彼女の方から行動を起こすに違いない。
「ジェットが落ち込んでいましたよ。」
 クライヴの思ったとおり、ヴァーニジアは顔色を変えて彼を見上げた。
「あ、あの落ち込んでたって…。」
 まだ、涙が乾ききっていない潤んだ瞳は心の動揺に揺れる。
 クライヴはゆっくりと言葉を続けた。愛娘のケイトリンをあやす様に。
「彼は理由は言いませんでしたけどね。…リーダーに大嫌いと言われた…とだけ。」
 ヴァーニジアはぶんぶんと首を横に何度も振った。
「…私…大嫌いなんかじゃないの。私…。」
「リーダー?」
「大嫌いだとしたら、今の私。…ジェットは少しも悪くないの。」
 クライヴは困ったような笑顔を見せる。
「理由を…お聞きしてもいいですか?」
 しばらくの沈黙の後に、ヴァーニジアは頷いた。
 一度大きく深呼吸をしてから、自分の決意が揺るがないようにとでも思ったのか勢いよく話しだした。
「まず、ハンフリースピークに行くためマヤに代打をお願いに行ったの。それで、代打の条件でジェットを貸して欲しいって…。それで私…自分の事ばっかり考えててジェットの気持ちも考えないでいいよって言っちゃって。で、宿に帰ってきて落ち込んでて、ジェットがさっぱりだって言って、それでカーッとなっちゃって!!!」
 そこまで一気に話すと、再び俯く。
「悪くないの…。」
「…だそうですよ。ジェット。」
「ジェット!」
 ヴァージニアは、驚いて戸口を見つめた。
 ジェットは腕組みをしながら廊下側に開いた戸口の裏側から出てくる。後には、にやにや笑いながらギャロウズが付いて来ていた。
 ヴァージニアは、ジェットの前に走り寄るとペコリと頭を下げた。
「ごめんなさい。」
「…マヤのところで手伝う位俺はなんとも思わない。」
 パッとヴァージニアは顔を上げた。ジェットの頬は赤く染まっている。
「終わったら、リーダーが迎えにきてくれるんだろ?」
「え…?」
 ジェットの言っていることを額面どおりに受け取って、ヴァージニアは慌てる。
「う、うん解った。何処にいてもロンバルディオに頼んで絶対迎えに行くから!あ、その前にマヤに何処行くか聞いとかなくっちゃね。まかしてね、絶対私…。」
「あのな…。」
 ジェットは頬を赤くしたまま、額に手を当てる。
「俺が言ってるのは…。」
 そこまで言って、照れが入りジェットは黙り込んだ。腕組みをしたままし下を向き、顔を上げようとしない。
「えと、えと、何?」
 先程、ジェットに大嫌いなどと言ってしまった手前ヴァージニアも一生懸命彼のお願いを聞こうと、その顔を覗き込むように膝を曲げた。覗き込めば、覗き込むほど、ジェットは顔を上げられない。
 思い切りよくすれ違う二人の心情に、クライヴは苦笑いを浮かべた。

 ジェットはこう言おうとしているのだ。
…自分はこのチームに帰ってきていいんだろう…と。

   彼女の隣に自分が戻ってくる事を望んでいるんだろう?。

 さて、この状態をどうしたものかとクライヴ思っていると、ギャロウズがポンと手を打ち、騒ぎ始めた。
「おい!リーダー!そいで、ハンフリースピーク行きはどうなったんだ!?」
 あっと声を上げて、ヴァージニアが慌て始める。
「今日の晩御飯までに行くってキャスリンさんに連絡しちゃった!!」
「なんですって!?」
 途端にクライヴが慌てだす。
「うちは、ケイトリンがいますから、晩御飯の時間はとっくに過ぎてますよ。…むしろ就寝の時間じゃないですか?」
「ごめ〜ん。クライヴどうしよう。」
「とにかく急ぎましょう!ギャロウズ、お土産は持ちましたか?」
「あ、まだ下にひろげたままだ!?やべえ。」
 ドタドタと部屋を出て、階段を降りていく音がする。クライヴも後を追った。
「待ってください。私も手伝いましょう。」
 大人二人が下へ降りると、ジェットとヴァージニアが取り残される。あっけにとられて、戸口を眺めていたジェットにヴァージニアは手を差し出した。キュっと唇を引き結んだ、少女の表情に戸惑いながら握り返すと、ヴァージニアは頬を染めて、戸口へと身体を翻す。
「急ごうジェット。」
「ああ。」
 二人に足音が、重なりながら部屋から遠ざかるのが聞こえた。


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